牧師紹介

牧師
牧会神学博士(Doctor of Ministry)

菅野直基(かんの なおき)

Rev. David Naoki Kanno D.Min

略歴

+1971年(昭和46年)7月6日、東京都品川区生まれる。

牧師であった祖父は、母の胎内にいる時から、『この子が立派な牧師になるように』と祈っていてくれました。
父・菅野広直(代々、福島の諏訪神社の神主の家系)、母・愛子(クリスチャン・ホーム 3代目)の一男一女の長男として生まれました。

+第二延山小学校付属幼稚園

小学校の入学前に両方の肺の肺炎にかかり、長期の入院をしました。“いのちの危険が”ささやかれたそうです。
小学校3年生の時には、近くの東急・池上線の無人踏切で、若気の至りで、何と警報が鳴っているにもかかわらず自転車で全速力で強引に駆け抜けました。その時は、電車が私の2~3mにまで迫っていました。神さまに奇跡的に守られたことを感謝しています。

+品川区立中延小学校

+品川区立荏原第二中学校

中学時代、不良少年でした。道を踏み外して、遠回りの人生を歩みました。今思えば、それが最短距離であったと思います。

+日本放送協会学園高等学校

都立高校と2つの学校に合格したため、当初数ヶ月は2つの学校に通っていた時期がありますが、毎日学校に通うよりも、1日8時間おそば屋さんで働きながらの学生生活をするために、通信制の高校を選びました。おそば屋さんで働きながらの学生生活でした。
この頃の10代は本当に楽しかったです。すべてがばら色でした。でも、そんな日は長くは続きませんでした。これは、神さまを抜きにした、いつわりの楽しみでした。
18歳の時に、ある事件をきっかけに、人生に行き詰まり、自殺を決意しました。その直後に、本棚の一冊の聖書に目が止まりました。長い間、教会を離れていましたが、ふと読んだ聖書の一節によって私は自殺を踏み留まり、死ぬしかないと思っていたのに、「マタイの福音書11章28節」のイエスさまのことばを読んで救われたのです。『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしが あなたがたを休ませてあげます。』 瞬間的にわかりました。イエスさまを信じることこそが、私が本当の平安を持つことであると。喜びの涙を流しながら、朝まで祈りました。その日は日曜日でしたので、教会に行きました。牧師先生に『洗礼を受けさせてもらいたい』と話しました。私の罪の身代わりとしてイエスさまが十字架に架かってくださったので、私はもはや恐れることはないんだということがわかりました。その3ヶ月後に洗礼を受けました。

+東京聖書学院

18歳で劇的な『回心』を経験した私は、20歳の時に、神さまから明確な召命(「ルカの福音書19章」 を通して)を受けました。(イエスさまをお乗せした『子ロバ』、『・・・が黙れば石がさけぶ』の聖書 の二ヶ所から)1.イエスさまを持ち運ぶ器となること、2.神の言葉を語る器となることでした。私は、すべてを捨てて、全生涯を神さまにお献げしました。
この直後、父は詐欺師に騙されて、菅野家は大きな負債を負うことになりました。しかし、神さまは、献身の道に進んだ私の後ろの橋を焼き払ったのです。振り返りやすい私に対して、神の道に前進あるのみだと、愛の配慮をして下さってのおかげで、今日私は、牧師をさせて頂いています。

+JTJ宣教神学校を経て

アメリカと韓国への留学を経験しました。そして、英国の大伝道者ジョン・ウェスレーのように、 火の玉のような情熱と、『世界は我が教区なり』という、ビジョンが与えられました。

+国際ワシントン神学大学(B.Th)

+同神学大学院修士課程(M.Div)

+フルゴスペル神学大学院(神学修士)

+コーヘン神学大学大学院博士課程(D.MIn)卒業

+2007年6月1日 牧会学博士号(Doctor of Ministry)授与

1996年、毎週土曜日に行なっていた新宿アルタ前路傍伝道に、韓国からの短期宣教チームが参加し、その中の一人であった現在の『妻』と出会いました。その後、半年の文通を経て 、 彼女は正式に宣教師として来日し、なんと、その3ケ月には結婚したのです。結婚1ケ月後には、 2人でアメリカに留学・・・。 この年は激動の年でした。たぶん、今よりも若かったので出来たと思います。

+1997年7月 韓国籍の妻 菅野聖美(韓国名:朴善熙)と結婚

現在、二男・二女の父親です。

+1997年4月 単立 大森福興教会伝道師就任

現在は、牧師の父親が同教会伝道師をしています。

+2001年4月 単立 大森福興教会より牧師按手礼授与

この時、30歳。折しもイエスさまの公生涯のスタートと重なり、情熱を持って開拓伝道スタートしました。

+2001年9月 東京新宿区に、新宿福興教会をスタート、現在、同教会主任牧師

教会外では、子供公園伝道、路傍伝道(下記写真参照)、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッション等、地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での讃美リード 奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式等、幅広く奉仕させて頂いています。

教会外の現在の働き

+出前牧師カンちゃん(パスター菅野ミニストリーズ)

巡回伝道、定期家庭集会、路傍伝道、聖会讃美奉仕等を国内外で行なっています。 (下に働きの写真があります。)

+日本民族総福音化運動協議会(超教派) 理事・評議員・東京ブロック長

+デボーションTV / グッドニュースTV / CGNTV(衛星放送) 説教者

+東京福音リバイバル聖会(超教派) 実行委員(音楽)

+プロテスタント宣教150周年記念大会(超教派) 実行委員(祈祷)

+プロテスタント宣教150周年フェスティバル(超教派) 実行委員(音楽)

+エジンバラ100周年記念・世界宣教東京大会(超教派) 実行委員(企画・制作・送迎)

+首都圏キリスト教大会(超教派) 実行委員(音楽)

+首都圏イースターの集い(超教派) 実行委員(副実行委員長・音楽)

+断食祈祷聖会(超教派) 実行委員(音楽)

+路傍伝道ネットワーク 代表

+路傍伝道新聞 編集長

+新宿大久保通り教会防災ネットワーク(SOS防災ネット)代表

+クリスチャン防災ネットワーク(CBN)代表

+月刊誌『ハーザー』『幸いな人』をはじめ、数々の雑誌・新聞に執筆

資格

+キリスト教正教師

+普通自動車・大型自動二輪・大型自動車第二種免許・けん引・大型特殊。クレーン他

+小型船舶1級免許

趣味

趣味は、バイク(スズキ バンバン200)や車(日産 エルグランド4WD)での旅行(宣教旅行・プライベート旅行を問わず)、読書、(図書館にもよく行きます。)ウィンドー・ショッピング(妻の付き合い)、スキー、登山、友達との食事やお茶、妻とのコミュニケーション(冗談や議論含む)、子供たちと遊ぶこと(公園などに行って)、インターネット等です。

特技

特技は、ピアノ(YAMAHA P-140)やギター(Martin D-35)(Gibson J-45)(Martin ackpacker Guitar)を弾くこと、讃美をすることです。また、駅前などで大胆に路傍伝道をします。子供の頃は、恥ずかしがり屋だったのに、今では別人のように人の前で歌ったり説教をするようになりました。これは神さまによって私自身が変えられた部分の一つです。

日課

日課は一日10章の聖書通読です。毎朝必ず、旧約聖書7章+1章と新約聖書2章を読むようにしています。
年間約3回読むことが出来ます。一日二時間半(一日の1/10時間)のプレイヤー・ウォーキング(祈りの散歩)をします。教会にいるとつい、コンピュータをいじったり、本を読んでしまいますが、これなら集中して祈ることができます。当初は、この2つを自分に義務として課していましたが、今ではこれが毎日の楽しい日課となっています。ストレス解消や健康にもいいし、一石三鳥です。

伝道の日課

平日は、路傍伝道ネットワークの活動をはじめ、いつでも、どこでも、誰にでも伝道することを心がけています。

性格

性格は、外向的と内向的の中間くらい。明るく元気で、大らか、少々大雑把なところもあります。与えられたビジョンと召命に向かっては、決してあきらめない厳しさと、もう一方においては、人に対する思いやりと優しさを持ち合わせており、神さまによって牧師に向いた性格が与えられています。

血液型

血液型はO型、体も大型(体重は秘密)、バイクも大型(現在は中型バイク)に乗っています。考え方のスケールも夢・ヴィジョンも大型です。10代、20代に大きな挫折をし、絶対絶望的な所からキリストによって立ち上がらせて頂いていますので、他者の弱さを慮り、受容することができるようになりました。

こんな牧師が牧会する教会ですから、どなたでもありのままの姿でお越し下さい。イエス・キリストは、 あなたを愛しています。私もあなたを愛しています。あなたは愛し、愛されるために生まれてきたのです。 教会にきて、世界一幸せな人生をご一緒に歩みましょう。あなたを心から歓迎いたします。

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